猫ひげ1000本

ふと自分に聞いてみたくなる1000の質問

机の中に詰められた食パン

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小学生の頃、学校の机の中に、食パンがぎゅうぎゅうに詰まっているのを目撃したことがあります。

 

一回めの、食パンぎゅうぎゅう事件の現場は、放送室でした。

 


小学五年生、放送部員に成り立てだった私は、給食の時間、校内放送を始めました。

全校に向けて連絡事項を伝え、学校行事のお知らせをして、当時流行っていた音楽をかけて一息ついた時のこと。

 

マイクや放送機材が並ぶ机の天板下の収納部分に、なんとなく手を入れると、奥の方で、指先に何かが触れました。

 

固くて柔らかい何か。

 


ん?と思った私は、中を覗き込みました。

 

奥の方に何かが詰まっているのが、なんとなく見えます。

でも、薄暗くてはっきりとは見えません。

棚の上にあった懐中電灯を手にとり、それを机の奥に向けました。


なんだあれ??

 


よーく目をこらすと、白っぽい部分と、茶色の帯みたいなものが、机の奥の方に詰められているのがわかりました。

 

それが何枚もの食パンだと脳が理解するのに、数秒、いや数十秒、要したと思います。

 

人間、面白いもので、想定外のものを目にすると、見て見ないふりをするというか、無かったことにしてやり過ごすという行動に出ることがありますが、その時の私はまさにそれでした。


机の奥に食パンがぎゅうぎゅうに詰まっている。

 


不意打ちのように、謎の状況に出くわした私は、しらっとそれを無かったものとしました。


季節が冬でよかった。

腐って虫が湧くことも、不快な臭いを発することもなく、きっとカビぐらいは生えていたのだろうけど、大惨事になるようなことはありませんでした。

だからこそ、机の奥の食パンたちは、ぎゅうぎゅうに潰されて、そこに身を潜めていられたのだと思います。

 

それから数日、見て見ないふりで過ごしました。

 

でも、給食の時間、校内放送をする間、私は自分の膝のちょうど上あたりで、ぎゅうぎゅうになっている食パンの存在を意識しないではいられませんでした。

指先に、あの固くて柔らかい感触を思い出しては、それを追い払うようにマイクの台をぎゅっと握りしめました。

 

発見から数日して、結局私は、放送部の顧問の先生に食パンのことを話しました。

 

翌日、机の中を覗くと、その奥にはがらんとした薄暗い空洞がありました。

 

 

二回めの、食パンぎゅうぎゅう事件の現場は、5年2組の教室でした。

 

ある時、席替えがあって、私の席は教室の一番右端になりました。

授業中、黒板を見ていると、目の端を黒いものが動きました。

 

とても素早い何か。

 

あれはまさか ・・・

 

恐怖で体が凍りつきました。

硬直した体のまま目だけを右に動かすと、やはりそうでした。

 

黒くて大きいゴキブリが、驚くような素早さで教室の端に沿って走っています。

一瞬、壁に登るような動きをして私をギョッとさせたかと思うと、動きを止めて長い触覚を揺らせ、そして急に気が変わったように今度は、部屋の隅にあるゴミ箱目掛けて走って行きました。

そして、ささっとゴミ箱の陰に消えました。

 

それからは、生きた心地がしませんでした。

いつまたアイツが、今度は私の足元に来るとも限りません。

 

恐怖におののく私をからかうように、それからもアイツは突然現れては、黒光りする体で教室の端を行ったり来たりしました。

 

なぜ教室にゴキブリがいるのか?

 

しかも特大の黒光り野郎です。

 

もちろんそこで給食を食べるので、食べ物のカスなんかが床に落ちていることも考えられますが、とはいえ、毎日昼休みの時間に掃除をしています。

 

右端に座ることとなった自分の運命を呪いました。

 


ゴキの謎はすぐに解明されました。

 

ある日の給食の時間。

友達と話しながら、デザートである缶詰の桃を食べていた時のこと。

 

たまたま私の目線の先で、ある男子生徒がもぐもぐと口を動かしていました。

見ようとして見ていたわけではありません。

友達に相槌を打ちながら、なんとなくその男子生徒が目に映っていただけ。

 

次の瞬間には、その男子生徒の左手がすっと動いて、机の中に消えました。

 

その手に握られていたものを、私は見逃しませんでした。

 

一枚の食パンでした。

 

右手にスプーンを握ったまま、口をもぐもぐさせたまま、左手だけをすっと動かして、彼は食パンを机の中に入れたのです。

 

瞬間、私の脳裏によぎったのは、放送室の机の中にぎゅうぎゅうに詰まった食パンでした。

 

まだ見てもいないのに、彼の机の奥に、ぎゅうぎゅうになって重なる何枚もの食パンが目に浮かびました。

 

ゴミ箱の陰で、あの黒光りした体が、身を潜めて机の奥の食パンを狙っていると思うと、口の中でざらつく桃の繊維の感触が不快に感じられました。

 

 

机の中に食パンを詰める小学生の心理。

 

小学生の私にはわからなかったけど、大人になった私にも、やはりわかりません。

 

ただ一つ、小学五年生だった私が学んだことがあります。

 

 

机の奥には何があるかわからない。

 

 


それは、あれからずっと私の中にあって、大人になった私の脇腹をちくちくと刺します。

だって、大人になった私は、人の机の奥には、見ない方がいいものが入っていることを実際に知っているから。

 

それは食パンなんかより、もっと現実的で、もっと冷酷で、もっとざらざらしていて、覗いたり、わざわざ取り出したりしないほうがいいものだと、大人の私は知っているから。

 

 

ふと自分に聞いてみたくなる1000の質問 #21

あなたの机の奥には、なにが潜んでいますか?

 

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